歩き遍路のはじめに

  • 2021年5月23日
  • 2022年4月21日
  • お遍路
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11年前、義父に誘われて親子孫の3世代で歩き遍路を始めたのがきっかけで、すっかり四国病になってしまいました。四国病とは、お遍路を通して地元の人たちと触れ合い、素晴らしい風土に魅了されることで、四国を訪れたくて居ても立っても居られない、そんな精神状態のことを指すそうです。それ位、何度でも訪れたい魅力が詰まっているのが、四国八十八箇所巡りなのです。henro1

お遍路は思ったよりも楽?

八十八箇所の札所を何回かに分けて巡ることを区切り打ちといいます。お遍路は一度に全ての札所を巡る必要はありません。もちろん時間のある人であれば、通し打ちと言って一気に札所のすべてを巡ることが出来るでしょう。歩き遍路での通し打ちの場合は、大体1か月から1か月半位で巡っている方が多いようです。henro16

一方、時間のないサラリーマンであっても、限られた休暇を使いながら、春や秋の気候が穏やかな時期を選んで巡ることが可能です。工程を区切りながら自分のペースで計画を立てればいいのです。もし1週間の休暇が取れるとしたら、全行程を歩いたとしても大体7回前後で八十八箇所全ての札所を巡れることが出来ます。私はこの方法で長年にわたり区切り打ちを行っています。henro2

お遍路は何人も何事も受け入れる懐の広さが魅力

札所を巡る際に最低限守るべき作法はありますが、どこから始めても、どういう巡り方をしても、車でも自転車でも歩きでも、そこに決まりはありません。宗教、宗派による制約もありません。実際、最近増えている海外からのお遍路さんは、自分たちが信じる宗教の作法で巡っています。henro10

さらにお遍路の目的は人によって様々です。人生の重荷を背負いながら遍路をする人もいますし、自然の中に身を置くことで自分自身を振り返ることを目的とする人もいます。週末にまとまった時間が取れたので、ふらっと近くの札所を訪問する人もいます。このようにお遍路には厳密な規律はなく、各々の事情やスタイルを尊重しながら札所を巡ることが出来ることは大きな魅力だと思います。

大切なことは、感謝の気持ち

どんな人でもどんな目的の方でも受け入れてくれる懐の広いお遍路ですが、忘れてはいけないことがあります。お遍路は決して単なる札所巡りの旅ではありません。修行の道を歩くという気持ちを忘れないことが大切です。henro18

お遍路、その中でも八十八箇所を自分の足で歩いて巡る歩き遍路は見方によっては贅沢なことです。なぜならそこには、歩けるだけの健康な身体、札所を巡る間にかかる諸費用を賄うだけの資力そして物理的な時間の余裕といった3つの要素が揃わなければ実現できないからです。資力と時間の余裕があっても体力に自信がない人が歩き遍路をすることは難しいでしょうし、その逆もしかりです。全行程は約1,400kmですので、やはりある程度のまとまった時間が作れる人でないとすべての札所を巡ることは出来ません。Henro8

私は歩き遍路の方が、車や自転車で巡る遍路に比べて功徳があるとは思いません。確かに歩く方が、車による遍路に比べて苦労が多いことも時間を費やすことも事実です。だからと言って大変な思いをしたからその分だけ功徳が多いとは思いません。ただ、車での遍路に比べて歩き遍路が何となく功徳が多いように感じるのは、先程の3つの要素が揃った贅沢な状況を、本当に有難いなと実感できるところにあると私は思います。Henro9

時間に追われる日々の中、少しでも時間を節約できる移動手段は合理的な選択です。一方、時間を大いに無駄に使い、道すがら豊かな自然を味わい、地元の人と接し、時には道に迷うという非日常的な経験が出来るのは歩くという行為の魅力かもしれません。henro14

行く先々で地元の方から受けるお接待、お遍路の為に手頃な価格で受け入れてくれる遍路宿、道中で進むべき道を示してくれる道標・石碑、数百メートル毎に電柱やガードレールに貼って行き先を示してくれるお遍路シール、山中など厳しい登坂道にてお遍路を励ましてくれる励ましメッセージ、これまでの長い歴史の中で、お遍路が一つの文化として成熟し、その文化を体験できることへの感謝の気持ちは忘れてはいけないと思います。Henro9

歩き遍路の魅力とは?

不思議ですが、自然に感謝の気持ちが出てくるのが歩き遍路の魅力です。遍路転がしと言われる険しい山中での上り坂の時、登山道のいたる所に掛けられている『励ましメッセージ』を見るたびに、このメッセージを書いてくれた人への感謝の気持ちが湧いてきます。道なき道を進む中で迷子になった時、ちょっと隠れたところに貼られている『遍路ステッカー』を見つけた時には、ステッカーを貼ってくれた人へ感謝したくなります。札所間の移動距離が長く、適当なところに休憩する施設がないところにも、程よく『遍路小屋』なる休憩施設を見つけた時には、この小屋を建ててくれた地元の人へ感謝したくなります。henro 10

歩き遍路を通してこうした感謝の気持ちが自然に積みあがっていくことで、お遍路本来の目的である修行という体験が、自分のものに出来ることが歩き遍路の魅力ではないでしょうか。

Ohenro sakura
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