42番仏木寺(ぶつもくじ)から43番明石寺(めいせきじ)まで②

  • 2021年8月19日
  • 2022年4月21日
  • お遍路
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区切り打ち9回目の3日目の続きです。

鳥坂トンネルから大洲まで

鳥坂トンネルを抜けた後は、国道56号をひたすら下ります4kmも下りが続くと腰や膝が悲鳴を上げ始めます。前回はこの下り坂で膝を痛めたので、ゆっくり慎重に歩きます。前回、味噌ラーメンを食べたラーメン屋はすでに閉店しており、自動販売機だけが並んでいた光景は何とも寂しい感じです。11時30分、坂を下り終わると、松山自動車道のインターチェンジと交差します。ここまで来るとロードサイドの店舗が林立してきます。賑やかな国道から離れ、肱川に沿って遍路道を進みます。

肱川に沿って歩くこと、30分ほどで大洲市の市街地に到着です。臥龍山荘は、肱川の景勝地に建つ別荘で、ミシュランガイドで一つ星をもらっているそうです。

大洲市は、伊予の小京都と呼ばれているそうです。市街地でもこういう昔ながらの街並みが所々に残っています。

大洲市の中心に向かって歩いていると、肱川を渡る橋の上から大洲城が見えてきました。桜の季節と重なって、新緑に桜のピンクが一層映えます。大洲城は、遍路道からは少し外れているので、遠目に見るだけですが、大洲に一泊する機会があれば、訪れてみたい場所です。

大洲から十夜ヶ橋まで

このホテルは前回泊ったところ。大洲にはこういったビジネスホテルがいくつかあります。

大洲の市街地からは、しばらく国道に沿って歩きます。国道沿いには、全国チェーンの飲食店が立ち並んでいますので、昼食をとるには困りません。私は、コンビニでおにぎりを買っていたので、立ち寄ることが出来ませんでしたが。ホテルオータから歩くこと3kmで、13時30分、十夜ヶ橋に到着します。

すぐ脇には橋があり、言い伝えでは弘法大師が、その橋の下で一夜を明かしたと言われています。それにしてもすぐ近くに松山自動車道の大洲インターチェンジがあり、国道56号と交わることから、交通量がとても多い場所です。現代は、寝るにしても騒々しくて、とても寝れたものではありません。

十夜ヶ橋から内子まで

十夜ヶ橋からしばらく国道を歩いた後は、地元の方が使う生活道路に入り、のんびり歩きます。こんな野菜の無人販売所がいくつかあります。

内子町へと続く道の途中でもお遍路の休憩所がありました。以前は、立派な建物であった記憶があるのですが、今は小屋になっています。

内子町へは、国道をそのまま歩いても行けますが、遍路道は里山を縫うように進んでいきます。

ちょうど、内子町の運動公園の裏山から出てくる感じで、遍路道は内子町の市街地へ向かいます。ここが予讃線の内子駅です。時刻は15時15分です。鉄道は高架となっていますが、駅舎がレトロ感を漂わせています。

ここから今日の宿である松乃屋旅館までは、500m位でしょうか。内子町の市街地を抜けて15時30分、宿に到着です。

内子の街並み

時間があるので、チェックインをし、ひと風呂浴びてから内子の街を散策することにしました。松乃屋旅館は、内子座の目と鼻の先にあります。内子座は、国の重要文化財に指定されている芝居小屋です。

内部を見学することが出来るので、受付に行ったら営業時間終了とのこと。16時30分までが営業時間でした。仕方ありません。外観だけ撮影します。宿でゆっくり湯船になど浸からなければよかったあ~(涙)

内子町の東側は、江戸や明治の面影を残す町家や屋敷が建ち並んでいます夕方という時間帯で、日帰りの観光客が引き上げていった後、まるで映画のセットのような街並みを楽しむことが出来ました。

木蝋(もくろう)生産の中心地だった内子町。最盛期には国内生産の約30%を内子町で生産していたそうです。

松乃屋旅館

多少値が張りますが、街の中心にあり、郷土の旬な食材を使った創作料理を出してくれる宿です。また露天の檜風呂も目の前に広がる自然を独り占めできるので良かったです。この時期、コロナ禍が少し落ち着いたこともあり、比較的歩き遍路の方と出会うことが多く、この日もその中の一人の方と同宿でした。

3日目を終えて

2日目に同宿だったお遍路さんとは、ここ内子でも再開することが出来ました。歩き遍路には、歩くペースも、関心ごとも、目的も異なる人々が、不思議な縁でつながっている魅力があります。目まぐるしく時間が過ぎていく日常生活から距離を置いた世界に、身を委ねることができる幸せを改めて感謝しました。

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